平川民事訴訟を支援する会

肉体からは緊張がつたえられ/きみは力のかぎり/救いのない世界から立ち上がる<吉本隆明「恋唄」>

〈いつかはやると思った〉

1970年。大阪万博があった。70年安保があった。ビートルズが解散した。そして俺は21歳だった。

当時の記憶で書くから正確な数字とは断言できないが、大方、当たっていると思う。
大阪市営地下鉄の初乗りは30円だった。天王寺の喫茶店で呑む珈琲は80円だった。梅田の喫茶店で珈琲代が120円だっから驚いたのを覚えている。現在では缶珈琲が120円だよな。

ところが、当時はよく大阪−東京間の深夜高速バスを利用したが、料金は現在とたいして変わらなかった。・・・・・と思う。

ゴールデン・ウィーク中、高速バスが関越自動車道で大変な事故を起こした。原因は運転手の居眠りである。

このバスは金沢−東京間を3500円で走ると知って驚いた。そんな馬鹿な。俺の家から裁判所へ行くには、南阪奈⇒阪神高速と、高速代だけで1500円かかる。

勿論、乗用車と高速バスを同じ比較はできないが、高速バスだって百単位で客を乗せるわけではない。満席になっても、せいぜい40〜50名だろう。

ガソリン代、高速代、人件費、バスのメンテナンスを差し引けば3500円で利益が上がるとは思えない。

ガソリン代や高速代はカットできないから、最も安全に関する人件費やメンテナンスをコスト・カットするのは容易に想像できた。

下請けは無理なダンピング合戦をやり(やらされ)仕事を受注する。必ず何処かに綻びが出る。日本中、同じ事をやっている。


〈原発は次々に再稼働する〉

〈原発は次々に再稼働する〉

 間違いなく大飯の3号、4号原発は夏までに再稼働する。
夏近くなると、関電と経産省が恫喝をかける。
「このままなら計画停電が必要だ」とか、「電気代の値上げも仕方がない」とか。

 これに経団連が同調する。そうして大飯の原発は再稼働される。大飯が再稼働すれば、後はなし崩しである。

 現在の原発は〈無防備〉だ。最低の技術システムでも5年は必要である。大飯には免震重要塔もない。ベントの際のフィルターもない。いざとなれば放射能はだだ漏れだ。
原発へ続く道は一本しかないから、地震で破壊されたら誰も近寄れない。大飯原発は〈丸裸〉である。

 一番理解に苦しむのは全国54基(福島が廃炉になるから50基)の原発に自衛隊の警備がついていない事だ。10名ほどのテロ集団で、どうでも出来る。
稼働してなくても、プールに眠る使用済み核燃料は核爆弾の何発分にあたると思うのだよ!

 北朝鮮のミサイル発射の折の無様な対応をみても、危機管理のシステムはゼロに近い。そして今後もゼロに近いであろう。

 もう飽きるほど書いているが〈琵琶湖〉がやられたら、大阪を始めとして関西は全滅するし、関西がやられたら日本も立ち直れないのだ。

〈あほらし〉

〈あほらし〉

こちらも勉強不足であったが、民事で勝訴しても、賠償金は労災の自給分を差し引かれると知り唖然となった。

行政、民事と別々の責任を問うのに、なぜ支払われるパイは一定なのだ?
1999年、1月3日に倒れ、2007年、1月に労災が認定された。労災支給は1999年、1月4日に遡って支給される。

つまり、現在で12年分を受け取っている。
勝訴しても請求額の満額は出ないだろう。仮に半額とすれば、労災分を差し引くと幾らも残らない。
長く裁判が続くほど、辛い思いをして手に入るモノはどんどん少なくなる。これって変じゃん。

これでは高裁で敗訴したら、最高裁へ上告する意味がない。
最高裁でまた何年も掛かれば、掛かった分の労災を引かれるから、勝訴してもゼロだって有り得る。

「社会正義のため」なんて建前はいらない。
会社から高い金を支払わせなければ、「社会正義」にはならない。

次回判決 5月23日(水)午後1時30分 高裁81号法廷

次回判決 5月23日(水)午後1時30分 高裁81号法廷

  結審の日に高裁1階の車椅子用便所へ行った。先客が入っていて中々出てこない。車椅子を使用する人間は、自力であれ介護であれ、時間がかかる。排尿障害も多いから尚更である。
 
   10分を過ぎても出てこない。俺は重い気分に陥ってきた。便所の擦りガラスにスーツを着る男が映った。
   「やはりか・・・・」俺は切れた。

   やがて30前後のスーツをびしりと着込んだ男が便所の扉を開けると、車椅子の俺を見て、身を竦めた。俺は怒鳴っていた。
   「兄ちゃん、この便所の意味を知っているのか!」
   「す、すいません・・・・」

   男は逃げるように立ち去った。裁判所の車椅子便所もこの始末である。女の子が出入りするファションビルの車椅子便所は車椅子の人間が使用できないのである。

阿倍野の法律事務所へ行く時、近くのビルの一階の車椅子便所へ行くと出てこない。何度外から呼んでも鍵を閉めたまま応答がない。溜まり兼ねて警備員を呼んだが出てこない。中でメールしているのか、化粧を直しているのか、セックスしているのか、シャブをやっているのか知らんが。
   諦めて二階へ行くと、ここも同じである。

   リハビリの帰りにダイエーや上新の駐車場へ行くと、何時も車椅子専用スペースは満車である。世の中、車椅子の人間だらけか。

   よし、分かった。今後、車椅子便所が応答のない場合、閉めたドアに小便をかけてやるからな。
  

            

次回判決 5月23日(水)午後1時30分 高裁81号法廷

控訴人意見陳述書(読み上げた方)

平成22年11月18日に、高等裁判所での第1回の口頭弁論の際にも述べたことですが、原審の大阪地裁の判決文を何度も読み返しても、理解できません。敗訴した悔しさではなく、判決文の空虚さに唖然とせざるを得ないのです。
 地裁では、3年に及ぶ審理の中で、私が懸命に裁判官に理解をしていただこうと粉骨砕身の努力をしてきたのは、私が倒れる前の労働実態でした。会社も必死になって、反論をしてきました。しかし、それに対して、地裁判決は何ら判断を下されていません。
 今の私は、裁判期日に出頭するために準備をしようとしても、シャツの釦ひとつ嵌めるにも時間が掛かかります。「なぜ、こんな簡単な事ができぬのか」と、平成11年1月2日に倒れて、既に十数年が経過しても苛立ちは抜けません。少し前には自宅で転倒し、顔に大きなたんこぶが出来ました。やがて室内も歩けない日が来て、動けなくなる日が来て、そして、最後には、寝たきりになる日が来るのでしょう。それは、遠い未来ではないと実感します。人間の精神力や意志には限界があり、痛いものは痛いのであり、何年、何十年経っても、苦痛には慣れないし適応できません。
 このような身体になった原因の転倒がどうして起きたのか。同じ日に2度も、それまでにない転倒が起きた決定的な証拠を私には示すことは出来ません。しかし、その転倒に至るまでの過酷な労働実態はこれまでに説明し尽くしました。
高等裁判所では、地裁が分からないと言った医学的な論点、そして、地裁以上に労働実態についても、双方から細かな主張・立証がなされています。事実を判断する最後の段階である高等裁判所では、地裁のような「逃げの」判断ではなく、真正面から私の事案を真摯にご判断いただきたいと思います。それが、司法の責任であり役割だと思います。
 よろしくお願い申し上げます。
 
  平成24年3月9日

     大阪高等裁判所 第6民事部 BD係 御中

          控訴人  平川主計

☆ 実は読み上げなかった陳述書もある。弁護士の検閲があるからNGになると分かっていたので出さなかった。

 K先生が読んだら、赤いハイヒールの網タイツを穿いた美しい脚で顔を踏まれてしまう。ま、それも嬉しいが。
 判決が出るまで、ここにも書けない。
            

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